「あなたが毎日行う、“必要最小限”のことは、
やがて、あなたが出来る“最大限”のことになります」
(米国成功プログラム SMI開発者:ポールマイヤー)
俺の仕事は特別養護老人ホームの介護職員。
俺はショート・ステイ専門ユニットを担当している。
老人ホームって、入所したら退所する人は殆どなく、
一生ここで過ごすのが当たり前のような場所。
施設がオープンして二年半位かな、その間で何人かの入所者さんが逝った。
ショートは、ずっと住むんやなくて、短い人で三日だけとか、一週間だけとか、
短期入所専門の老人ホーム。
毎日新しい人が入所して毎日誰か退所するので、
ホテルのようなバタバタした忙しさがある。
ショートにも寝たきりで全く動けない人も何人もいるけれど、
普段は家にいてたまに来る人なので、見た目は割と元気なお年寄りが多い。
まだアルバイトで手伝い始めたばかりの頃、
そんな見た目にかなり騙された。いや、本人は騙したつもりはないんやろうけどね……。
俺が初めて介護を手伝わせて貰ったとある人の話。
見た目はどこにでもいる普通に元気なお年寄りで、会話もちゃんと出来る。
でもADL表を見たら、トイレは自立ではなくて定時誘導やった。
トイレに連れて行ってあげた。その人は言う「私はここで何をすればいいんでうか?」と。
ズボンとパンツを下してあげて座らせてえげても、自分が何をしたらいいのか分らない。
お腹を刺激してあげると用を足し始めてくれた。
お尻を拭いてあげてパンツとズボンを上げてあげる。
食事もそんな感じやった。目の前に食事を並べてお箸を握らせてあげても、
食べる、という意味が分らない。
お風呂も着替えも全てそんな感じやった。
他のフロアーの職員は、ショートは普通に立って歩ける元気な人が多いから仕事楽でしょと言われる。
寝たきりで、排泄も食事も着替えも全て職員がやらなアカン方が早く物事が済む。
お箸を握ったまま固まってる人が食事するのを辛抱強く見守るのは、
寝たきりの人に食べさせるよりも精神的にしんどい。
ある日、その入居者さんが「家に帰りたい」と言いだして、
自分の荷物を鞄に入れてちゃんとテキパキ着替えて勝手に帰ろうとした。
トイレも食事も、出来ないのに帰るというのは解ってるんや……。
その人を宥めてリビングに連れ戻しながら、
ちょっと人間が悲しくなったりしたり、
俺もいつかはこんな風になるのかななんて思ったりもしたりしながら、
しかし、いつかここでの経験を物語にして書かなければいけないと強く感じた。
今、パソコンで文章を書いている。
ネットカフェまで歩いて来て料金を払って、煙草を箱から出して火を点けて吸ったり、
ドリンクバーに行って飲み物を取って来て飲んだりしている。
さっきはトイレにも行ったし、小腹が好いたのでお菓子でも買おうかななんて思っている。
時間が来たらまた歩いて家まで帰って、洗濯物畳んだりしながらテレビ観たりして、
寝る前に歯磨きして水飲んでハムスターと遊んだりして、
明日は早番なのでバスがないから歩いて仕事に行く。
そんな当たり前に出来ている全ての動作は、
いつの日か俺が出来る最大限の動作になってしまうんやろう。
今、普通に生活出来ていることを、しんどいし腹立つことも多いけど働けていることを、
食べたりトイレ行ったりシャワー浴びたり出来ることを、
何よりも文章を書いて君に読んで貰えていることを、俺は幸せだと思う。
生きているって、凄いんやで~、まだまだ俺は伝えなければならないことがいっぱいある。
みんなが元気になれるような文章を書き続けて行く為に、
心に優しい言葉を探す冒険を続けて行くさ。
輝樹